5−ネット・ミュージアムのこと

にわかにネット・ミュージアムが注目されている。美術館に行きたくても行けない現実を考えれば、当然の現象だろう。
ほとんどの美術館はウェブサイトを運営している。ただ、これまでは展示の告知やアーカイブを中心に考えてきたところが多い。むろん、体験型のサイトとして機能させているところもある。それでも、まだまだ魅力的な美術館のサイトに出会うことは稀である。
これを機に実空間の美術館とネット上のミュージアムについて、機能や役割を真剣に考えていいように思う。25年ほど前、既にサイバー・ミュージアムの研究と実践を試みている。鹿島建設と武蔵野美術大学美術資料図書館との共同で進められたものだ。当初はインターネットの活用が議論され始めたばかりで、鹿島建設のサーバーを使ってのスタートだった。
いま振り返ってみると、当時考えていたことで実現していないことがまだまだある。重視していたのは、美術館のための新たな鑑賞と情報の空間を構築することだった。つまり、印刷、映像、音メディアをネットワークの世界に吸収した新たなミュニケーション空間であり、時間や距離、さらには現実的な建物や書物の様な形態に囚われることのない空間である。サイバー空間に展開される“こと”や“プロセス”に意味を見い出そうとしたのである。ただ鑑賞するのではなく、作品を通して歴史、政治、社会、文化、生活など、そこに結んでいる様々な情報を関心の度合いに応じて得ることができる空間である。おのずと〈見せ方〉〈関係づけ〉〈体験〉がキーワードとして挙がる。実際に公開した「ブルーノ・ムナーリ展」では、作品がBOXの中に収まり、テーマごとにBOXが関連づけられている。立体作品は回転させて鑑賞できる。カード遊び-Carte da giokoは、実際に重ね合わせて絵をつくり遊ぶことができるし、絵本はページを繰ることができる。ムナーリに関する情報は、関心に応じてさまざまな角度から知ることができるようになっている。ウェブサイトだから成立するミュージアムである。
直接作品と接することこそ本来の鑑賞だ、との考え方はこの当時も根強くあった。もちろんその通りだし、これからも変わることはないだろう。ところが、私たちはいつでも好きなときに見たい作品に触れられるわけでは決してない。海外の作品はなおさらだし、大規模な展示が可能な美術館は都市部に集中している。
そもそも、美術館に足を運べる人たちはどの程度いるのだろう。私が中学生のころ、美術全集や文学全集が家庭にあるのは珍しいことではなかった。そこで触れた絵画や文学は感性を刺激したし、その後美術館で作品に触れたときの感動もさらに大きくなる。初めてパリ・ルーブル美術館を訪れたとき、ジャック=ルイ・ダヴィッド「ナポレオンの戴冠式」の横幅10メートル近い画面の大きさに圧倒されると同時に、美術全集から得ていた印象や情報が縮尺された世界であったことに気づく。
私たちは、メディアを通して美術に接している割合の方がはるかに高い。美術全集は見かけなくなったが、ハイビジョンによる精彩な映像で鑑賞することができる。多くの人たちが鑑賞できる機会が広がれば、それだけ実作品への関心が高まると考えるべきなのだろう。
私たちが知っている世界は、かなりの部分が外界からの情報や知識によるものだ。ある意味では現実と仮想空間がない交ぜになった世界で暮らしている。メディアによってそれぞれ特性と役割も異なる。美術館もまたメディアであり、人もメディアであろう。この20年、インターネットやスマートフォンの普及によって世界は変わった。とはいっても、生活の中でまだまだ活かされていないところがあるように思えてならない。美術館もその一つだろう。美術館は、個別に眠っている知の資源を社会的に広く共有できること、そのような環境をつくっていくことにもっと目を向けていく必要があるように思う。社会生活の基盤にもなっているインターネットは、そのような環境を実現できる空間であり場である。作品と情報、データを関連づけてさまざまな視点から作品を提示することができる。他機関との連携も視野に入るだろう
ネット・ミュージアムは、そこで得た情報から実作品への関心を高めるものであると同時に、そこから広がる美と知の海に誘うものであってほしい。

1996年にサイバー・ミュージアムの可能性について、武蔵野美術大学美術資料図書館『館報』で述べている。20年以上も前の記事であるが、参考のために掲載した。関心のある方はご覧いただければと思う。また、サイバー・ミュージアム「ブルーノ・ムナーリ展」を『日経MAC』が紹介している。合わせて掲載した。

「コンピュータ・ネットワークをベースにしたこれからの美術資料図書館」武蔵野美術大学美術資料図書館『館報』no.22 1996年3月

「Quick Time VRで仮想美術館を作る(1)」『日経MAC』日経BP社1996年3月号
「Quick Time VRで仮想美術館を作る(2)」『日経MAC』日経BP社1996年4月号
「Quick Time VRで仮想美術館を作る(3)」『日経MAC』日経BP社1996年5月号