コンピュータ・ネットワークをベースにしたこれからの美術資料図書館

情報インフラストラクチャと美術資料図書館

本学の美術資料図書館は、美術・デザイン資料、民俗資料、図書資料を一つの組織、施設が保有することで有機的なつながりと諸資料利用の横断的活用を可能にしてきた。しかし、現実にはそれぞれの個別の活動と運用が基盤になっており、諸資料を統合的にとらえた教育・研究のための活用は必ずしも十分行われているとはいえない。
しかし、今後文献情報や美術・デザイン資料の画像情報を含めたデータベースのデジタル化が進み、情報利用が本格的にコンピュータを介して行われるようになれば、資料を相互に関連づけて利用することができるようになり、当館が設立時から指向してきた美術館、博物館、図書館の一体的組織としての特徴は、一層効果的、有効に機能する可能性を持っている。当面の課題としては、すべての資料のデジタル・データベースとしての整備と活用のための有効なシステムの運用が急がれている。
当館では、3年前よりインターネットとマルチ・メディアに関する基礎研究を進めてきた。それは、学内LANを含め、将来コンピュータ環境が整備された時点で、収蔵資料をいかに有効に活用できるかを射程にいれた検討、研究である。これまでの成果は、美術資料図書館インフォメーションのためのCD-i制作、ホームページの開設、そして、館蔵美術・デザイン資料や過去5年間の企画展をインターネット上で紹介してきた。そして昨年からは、インターネット上の展覧会なども実験的に試み、今年度からは、本格的に日常の活動に加えていく予定で作業を進めている。
また、図書館機能では、ネットワーク環境での利用やマルチメディアを視野に入れたコンピュータ検索システムの導入が昨年からようやく軌道に乗り、平成9年度より段階的に稼働できる態勢が整った。
美術館や図書館を取り巻く環境は、ここ数年の間に明らかに変わりつつある。それは、当館でも例外ではない。現在、インターネットは、急速に発展を続け国際的な社会インフラとなりつつある。アメリカでは、インターネットやマルチ・メディアは、教育・研究手段、教育・研究ソフトの提供としても有効なメディアと認識され、早くから先進的研究開発と実証に取り組んできた。美術館や図書館でも、大学を中心に新しい情報サービスの形態として、積極的に活用されている。コンピュータによる新しいメディアは、教育や美術館活動などさまざまな組織機構の中で、広範囲に展開可能な用途を持ち、総合的なメディアとしての大きな可能性を持っている。
パソコンがつながったネットワーク環境は、私たちの生活に徐々に浸透し、かつて経験したことのない社会変化をもたらそうとしている。コンピュータ・メディアは、新たな社会性、文化を生みだすメディアとして、社会的コミュニケーションの新しい形を示しつつある。それは、情報やコミュニケーションに対する歴史的な概念そのものへの問いかけであり、情報を通して論理的に伝達すること、理解することをあらためて考え、社会を取り巻く様々な環境について理解を深め、情報と情報処理、伝達、メディアの機能、環境、社会的コミュニケーション、メディアと社会システムの関係について、新たな問題として考えていくことである。
美術館や図書館は、今までのように“もの”としての資料を収集、保存し、資料を提供したり展示するだけの役割ですまなくなってきている。美術館や図書館が扱う資料は、“もの”としての価値と“情報”としての価値の両方を持っている。美術館や図書館では、これまでの“もの”を中心にした管理、組織化から、今後はいかに“もの”と“情報”を同等に取り扱っていくかが重要になっていくだろう。そのうえで、“もの”の収集、保存とともに、“情報”をいかに有効に管理し提供できるかが問われているのである。もともと、“もの”資料を基盤にした諸資料の保存、整理、管理、更にはデータの作成は容易なことではない。現実には、どうしても利用が限定されたり、時には、貴重な資料も死蔵されたままになってしまうことも多い。デジタル化された情報は、新たな方法論に基づいて利用を飛躍的に広げる可能性を持っているのである
今後、通信ネットワークが一般化した社会では、情報は従来とは異なった視点から蓄積され管理されていくだろう。当然のことながらデータは、あらゆる角度から活用されることが前提になる。美術館や図書館の資料は、公開され、利用されて初めて価値を持つ。資料は、迅速にかつ有効に利用できることが重要なのだ。ネットワーク社会では、様々な資料が広範に公開され、利用されることで意味を持ち、普遍性を増し身近なものになっていく。インターネットは、従来のメディアの概念を超えて、自由に情報を発信したり入手するための有効な手段になる可能性を持っている。そして、何よりもインターネットの最も大きな特徴は、グローバルなネットワークということだ。そこでは、時間や地域的距離も問題にならない。それぞれのデータや情報は、専門分野、領域を越えてリンクされる。情報は、占有されるものから、開かれた社会的資産へと移行していくだろう。結果的には、それぞれのデータ、情報がどのように関連しあっているのかということが重要になってくる。データベースは、共有されるもの、共同作業によって絶えず成長するものとして位置づけられる。他機関との連携、ウェブ上に展開されるコラボレーションこそが重要になってくるのである。

インターネットの活用

当館でも、一昨年よりインターネットにホームページを開設し、収蔵品や展覧会などに関する情報の提供を始めた。あわせて、サイバー・ミュージアム、ブルーノ・ムナーリ展の開催準備を昨年より進め、現在テスト版を公開中である。サイバー・ミュージアムとは、電子空間=サイバー・スペースを利用した展覧会の新しい試みである。サイバー・スペースは、通信網に乗った新しい情報空間でありコミュニケーション空間としてとらえられる。つまり、従来の印刷メディア、映像メディア、音メディアを仮想的な空間として通信網に吸収した、新たなネットワーク上のメディア空間なのである。
従来、展示は直接作品と接することに意義を見いだしてきた。確かに、直接的な体験が対象を認識するうえで確実で有効であることに違いはない。しかし、デザイン作品は別にして、美術作品のほとんどは一点しか存在しない。また、展覧会は一カ所で行われることが普通で、大規模な展示が可能な美術館の大半は都市部に集中しているのが現状である。距離的限界、時間的限界や移動の限界が常に伴う。私たちは、自由に、いつでも好きなときに見たい作品に触れられるわけでは決してない。
印刷メディアや映像メディアは、展示の限界をカバーしてきた。人類は様々な複製メディアを生み、視野を拡張し、知を獲得してきた。高度な印刷技術は、美術作品の複製を可能にし、美術画集を生み、さらには映像による鑑賞も可能にしてきた。美術を広範囲の人々の鑑賞の対象にしたのである。実際私たちは、複製メディアを通して美術に接している割合の方がはるかに高い。
サイバー・スペース上の美術やデザインの作品も、同様にオリジナルではない。そういう意味では、確かに実物の持っている質感や直接的な雰囲気を伝えることはできない。しかし、鑑賞者にとって問題なのは、ただ見るだけではなく、その“もの”が持っている内容や質、メッセージを受け止めることのはずである。印刷メディアや映像メディアが果たしてきた機能もそこにあったはずだ。
少なくとも、マルチ・メディアは、情報を客観的に提示し、きわめてインタラクティブに、見る側の主体で個別のものや情報に入り込んでいくことを可能にした。重層的な構造を持ったマルチ・メディアは、その作品の背景、歴史性、他の作品との関連性など付加的要素を多面的に提示できる。ものと情報、データを結び付けて新しい視点から作品を提示することができるのだ。表層的でなく、その作品の精神、本質をあらゆる角度から客観的に伝えることこそ、メディア本来の機能であり役割だといえるだろう。鑑賞する側もただ見るだけでなく、歴史や作品の位置づけを関連づけて体験することができる。もちろんそれは、一方的な情報発信による押しつけではなく、選択する範囲、階層を自由に選択しながら双方向から対話することになるのである。
美術館で実際に体験すること、サイバー空間で体験すること、カタログなど印刷物を通して知ること、映像で見ること、それぞれ機能や役割が違う。ここでは、本物に触れることの是非を論じること、ウェブの中のサイバー空間を物理的空間と比較することに意味があるのではない。サイバー空間上に展開される“こと”や“プロセス”に意味を見いだすことが必要なのだ。美術作品を文化的なコンテクストと考えれば、一つの作品を通して歴史、政治、社会、文化、生活など、そこに結んでいる様々な情報を関心の度合いに応じて得ることこそ重要なのである。
結果的には、色々な作品をネットワーク上で体験すればするほど実際の“もの”を意識することになるはずである。大切なのは、多くの情報に触れる場を広げることであり、あらゆる方向から活用される環境を用意していくことなのである。
美術館の活動は、デジタル・データ化されたインタラクティブな活動と、従来の“もの”に触れる体験を一体化して考えていくことがこれからは必要だろう。それは、それぞれの活動の特性を明確にして、相互に機能させる事だといえる。サイバー・ミュージアムも、こうした認識に基づいた試みであり、新たな視点にたった美術館活動への第一歩なのである。

大学美術館、図書館としての役割

当館は、大学の付属施設である。一般の美術館や図書館とおのずと役割も違う。当然ここでは、収集された資料が教育・研究に有効に活用されなければならない。学内においては、学術情報、教育・研究に密接した支援的役割を担う必要があり、更には、教育・研究成果を地域社会に還元していくことも望まれる。今後は、図書館としての機能、美術館、博物館としての機能それぞれが強化された上で、それぞれの資料を有機的に結びつけた、新たな視点からのデータベース構築、利用も考えていかなければならない。そのためには、固定的な既成概念にとらわれないで、教育・研究の中枢として、教育・研究の成果も含むデータベースの総合的な学術情報センターおよびメディアセンターとして位置づけられていく必要がある。
データベースは、他機関との共同研究や共同事業によって、資源を生みだす装置として構築し、その事業化をはかっていくことも可能だろう。そのためには、外部諸機関との連携も含めて情報のひろがりと価値を高めていくことも重要になる。とりわけ当館が所蔵する近代の美術・デザイン資料は、図書資料とともに充実しており、研究成果が社会的な資産として蓄積されることが望まれる。学内外の研究者がダイナミックに相互に連携し、領域を横断する交流と共同作業によるデータベースの構築、蓄積の場として構想されるのである。
日常的には、教員との協力による固有のテーマを持った企画展を充実させ、学生のための教育機能はもちろんのこと、地域社会に開かれた美術、デザインの教育機能へと広げ、ワークショップやインターネットによる情報公開など今後展開しうる独自の事業化を開拓していかなければならない。それが、大学の図書館、美術館が学内でも有効に機能し、社会化する手始めとなるであろう。  美術資料図書館副館長 今井良朗