久しぶりの講義

久しぶりに武蔵美の学生たちを前に講義を行なった。グラフィックアーツ専攻の2年生を対象にしたものだ。
 今年の4月に〈版画専攻〉は〈グラフィックアーツ専攻〉に名称を変更した。これまでも版画を学びながら、アートブックや絵本、マンガなどに発展させる学生が増えているらしい。それを受けて、デザインも含め学ぶ環境を拡げ、教育の方向性と目指すべき進路を明確にするために思いきって名称も変えたのだという。
 いまでは版画も構想過程でパソコンを使用することも珍しくない。制作環境はずいぶん変わった。版画かグラフィックかといったことよりも、時代に応じた表現として、社会とつながるメディアとして変化していくのは当然のように思う。
 そんな経緯から、2週にわたって〈イラストレーション〉〈絵本の表現〉について3回話すことになった。これまでファインアート系の学生だけを対象に話したことがなく、準備段階で何を話すかかなり考えたが、あまり考え過ぎず本質的なこと、普遍的なテーマで話すことにした。
 学生たちは2000年以降に生まれ、スマートフォンやタブレットを身近な表現手段として使いこなしている。そのことを前提に、あえて絵やことばが生活の中でどのような意味を持ち、変化してきたのか、技術的な発展によって大きく変わってきたのは何だったのか、絵に隣接するイメージ、ことばに隣接するイメージを手がかりに話した。
 1回目は〈イラストレーション〉について話したが、おおむね好意的に受けとめてもらえたようでホッとしている。
 いつものように、講義の最後に簡単な感想や質問を書いてもらったが、こんな感想があった。「正直、内容の半分も正しく理解できているのかわかりませんが、今後もわざと解釈しやすくしたりなどせず、同じくらい難しい話をしていただけると嬉しいです。本当に面白かったです。未だ噛み砕けていないので、具体的な内容に関する質問は思い浮かびませんが、ゆっくりと思い返しつつ理解を深めようと思います」
 こんなコメントをもらうと嬉しくなる。学生のころ学んだことで、社会に出てから「こういうことだったのか」ということはいくらでもある。私自身、話したことが頭の片隅に残ってくれることを心がけてことばを選んでいる。
 全員の感想と質問を読みながら、武蔵美の学生のまじめさと制作に真摯に向き合う姿勢に感心した。来週は〈絵本の表現〉について話すことにしている。学生たちとまた会えることが楽しみだ。