エリック・カールが亡くなった。訃報に接したのが、コラージュについてエッセーを書いた翌日だったこともあり驚いている。エリック・カールにも触れていたからだ。
代表作『はらぺこあおむし』は、最も親しまれている絵本だが、鮮やかな色紙によるコラージュが、独特の世界をつくり出し、色彩の魔術師とも呼ばれている。
カールがつくる色紙は、薄い紙に色をつけたものだが、筆で塗るだけでなく、こすったり、ひっかいたりとさまざまな手法を用いることで、独特の質感と模様が表れる。つくりためた色紙はマップケースにストックされ、必要に応じて取り出される。色紙をつくるとき、いつ使うかは考えず、数ヶ月後あるいは数年後に取り出されることもあるという。
色紙の入った引き出しにアクセスしながら絶えずイメージを重ねていく。思考と想像は制作している間中留まることがない。カールのコラージュは、計画性と偶然性を合わせ持ち、創作の基盤になっている。
エリック・カールは、美術大学でデザインを学び、グラフィック・デザイナーとしても活躍したが、1969年『はらぺこあおむし』を出版したころから絵本の仕事に専念し、たくさんの絵本を手がけた。レオ・レオーニやブルーノ・ムナーリとともに、現代絵本の新しい形を切り開いた一人だ。
1960年代以降の絵本には、イタリアやアメリカのデザイナーが関わったものが多い。インタラクティブはパソコンの登場とともに語られるが、このころの絵本には同じような考え方が反映している。レオーニの『あおくんときいろちゃん』やムナーリの『霧のなかのサーカス』もそうだ。いわゆる対話性と相互作用である。『はらぺこあおむし』は典型的なそんな絵本だろう。
あおむしがりんごを1つ食べた後、ページをめくっていくと、なしが2つ、すももが3つとページの横幅が広がっていく。しかも、りんごやなしは裏側のページに同じものがあり、真ん中には小さな穴が空いている。子どもたちは見るだけでなく、触ったり覗いたりしながら、身体全体で愉しむことができる。対話性をつくり出すための工夫と仕掛けが施されている。
伝えたいこと、感じてほしいことがはっきりとしているから、このわずかな仕掛けが生きてくる。まさにインタラクティブな絵本であり、グラフィック・デザイナーとしての考え方や経験が生かされている。
子どもたちがいかに愉しめるか、興味を持てるかを前提にしているために、お菓子を好きなだけ食べたいという子どもたちの欲求を刺激する。日常と重なる分かりやすさ、子どもにとって身近なことだから親近感を持つことができる。
絵本のデザインは造形的な面を中心に見られがちだが、デザインやアートに対する考え方や方法論が制作と深く関わっていることも注目する必要がある。
19世紀末、近代デザインが生まれた背景は、アートを身近な生活に結びつけること、そして、デザインで豊かな生活の未来を描こうとしたことだった。20世紀初頭に興ったコラージュの概念は、デザインとアートの重要な思考方法として定着した。
絵本もそのような思潮と無縁ではなく、カールも、子どもたちに明るい未来を切り開けるような環境を用意すること、そして愉しんでもらうことを願い続けていた。
2つの世界大戦の体験が、カールを絵本の表現に向かわせたのだろう。カールの絵本にはデザインとアートの考え方が、造形面だけでなく表現全体に反映している。このような面からももっと評価されていいと思う。
2009年に「デザインされた絵本を遊ぶという感覚『はらぺこあおむし』」を『英米絵本のベストセラー40』灰島かり編著、ミネルバ書房、2009に書いています。https://imaiyimp.jp/2020/06/27/harapeko/