千葉市美術館で開催されている〈おとぎの国のモードをさがして〉を観てきた。ほぼ2時間、充実した展示を堪能した。展示を企画したのは、勉強会の仲間でもある山下彩華さん。展示の構成から空間まで、細部まで気を配る山下さんらしさが出ていて面白かった。時代を超えて語り継がれてきた〈おとぎ話〉には、妖精や魔法使い、変身など象徴的なモチーフが描かれてきた。赤ずきんのフードやシンデレラのガラスの靴は、象徴するイメージとして、時代と地域を越えて想像力を膨らませてきた。展示は、おとぎ話の想像力と感性が挿絵だけでなく、舞台美術やファッションなど他のジャンルとも交差する様子を、19世紀末から20世紀初頭の挿絵本を中心に追っている。欲張り過ぎているのではないかと思われるジャンルの広さと展示量だが、観終えれば欲張りたい気持ちもよくわかる。挿絵本が中心とはいえ、ドレスからバレー・リュスの公演写真、版画も含まれている。この時代のモードを通して、文化や社会を俯瞰しようというのだから、表現ジャンルに囚われず紹介しようとすれば、これだけの展示量になるのだろう。スペースが許せば、まだまだ展示したい作品の候補が出てきそうだ。
19世紀末から20世紀初頭は、新たな芸術運動とともに、大衆のなかにも芸術が根づいた時期にあたり、活力のある時代だった。背景には、写真や映画の登場、木口木版印刷、石版印刷など複製技術の発展によって絵入り新聞や漫画雑誌、大衆に向けた絵入り本などさまざまなメディアが登場したことがあった。新聞や雑誌を通して、音楽から演劇、美術、ファッション、文学などが幅広く紹介された。精巧な木口木版や石版印刷による図版が、関心を引く視覚情報としても有効に機能していた。
語り継がれてきた〈おとぎ話〉に登場するモチーフは、それぞれの国の文化の違いを背景に見える形で描き出された。視覚化されたイメージは、見るものの想像力を掻き立てる。そこから定着していくイメージ、派生していくイメージは、書物のなかだけでなく、舞台美術やファッションにも波及していく。描かれた視覚イメージはその時代の文化や社会と密接に関わっているからだ。イメージは、作家のテーマや考え方、さらには解釈が加わるために多彩な表現として表れるが、イメージをより強固なものにしていくのは鑑賞者である受容する側である。19世紀末は、この相互的な関係が明確になっていく時代でもあった。媒介していたのは、新聞や雑誌、書物だけでなく、演劇やファッションもメディアとして機能していた。
〈おとぎ話〉に登場する妖精や魔法使い、森、変身といった象徴的なモチーフを手がかりに、想像力とイメージの広がりを時代の変遷に合わせて展覧する構成は、とても興味深いものだった。たとえば〈赤ずきん〉のモチーフは、100年以上経ても原点は変わっていない。私たちが描くイメージが、少なからずメディアの影響を受けてきたかもよくわかる。個々が描くイメージは、メディアから受け取る多様な情報も複雑に絡み合って生成されている。それでも原点から逸れずに受け継がれているのは、共有されるイメージとして、本質を見極め、整理され方向づけられてきたからだろう。
19世紀末は、ウオルター・クレインの絵本など、話題性の高い絵本はロンドン、パリ、ニューヨークなど、主要な都市で同時に出版されることは珍しくなかった。パリで人気だった〈バレー・リュス〉も同様で、日本にも早くから紹介されていた。戦前、戦後のグラフィックデザインを牽引した原弘は、ロシア・バレーに興味を持ったのは、丸善で購入したレオン・バクストのロシア・バレーのための舞台やコスチュームのデザイン集を見てからだと回顧している。絵本翻訳家で舞踊評論家だった光吉夏弥がロシア・バレーに魅せられたように、原にとってもロシア・バレーの公演は衝撃的だったようだ。19世紀末から20世紀初頭にかけて起こった芸術運動は、世界同時代的な動きだった。媒介していたのは多様な視覚表現とそれらを紹介するメディアだった。
モードの様式から俯瞰した展示は、興味が尽きなかった。1冊の本のなかから場面を選ぶのも楽しんでいたのだろうと想像してしまう。最後に岡上淑子のフォト・コラージュが3点展示されていたのも、なるほどと思えた。展示されているのは複製物としての書物であっても、いまそこでしか観れないものばかり。観る視点を変えれば幾通りにも楽しめる。複製技術がもたらした近代の視覚表象やその時代の文化的環境を見ていくうえでも面白い展示だった。現在にそのまま繋がっているからだ。

