今年も武蔵美グラフィックアーツ専攻の1年生を対象に、「印刷技術とグラフィックアート-書物と絵本を中心に」をテーマに特別講義を行った。版画専攻がグラフィックアーツ専攻に名称を変え、教育内容を更新したのが2023年、私の講義も4年目になる。朝9時から12時10分まで、途中10分の休憩を挟んだ180分の講義はハードだが、終えた後は清々しい気持ちになる。伝えたいことが伝わったようだ、という安堵感もある。学生たちを前にした講義は、教室の雰囲気からどのように受けとめてくれているかはおおよそ伝わってくるからだ。
講義を終えた後、B5サイズのコメントシートに思ったままのこと、質問などを書いてもらっているが、毎年びっしり書かれたコメントが返ってくる。読み終えると、関心を持つポイントが違っていても、これから表現と向き合っていく自分自身と重ねようとする姿勢が見えてくる。講義には表現者の視点をかなり入れているつもりだが、具体的に反応があると嬉しい。だから続けることができている。
イラストレーションやグラフィックアートは、古くから存在する表現形態であっても、時代とともに変容し新たな意味を帯びていく。デジタル技術を意のままに使いこなしている世代にとって、ただ過去の表現形態や技術、歴史的事実を伝えても、その時代でのことにしかならない。書物や絵本の形式は、150年以上経てもほとんど変わっていないが、技術の基盤や制作のプロセスは同じではない。1990年代以降は、パソコンとアプリケーション・ソフトによって、劇的に変わった。デジタル環境が浸透した表現技術や環境を起点にしたところから、遡って過去の表現と歴史、社会や文化的背景を見ていかなければ未来にも繋がらない。
ことばとイメージ、イメージによるコミュニケーション、複製すること、印刷技術の発達がもたらしたこと、印刷表現の特性などを手がかりに、現在を起点にして、それぞれの時代の技術と歴史的背景をスライドで構成した。講義はおおむね好評だったようで、「歴史的に見ていくと、過去から今までが全て想像以上に繋がっていて驚いた」「作用空間ということばが印象に残った」「印刷に至るプロセスが重要だと理解できた」「デジタルを手放さずに版画本来の魅力を反映できる作品を考えていきたい」「版に対する向き合い方を見直そうと思った」などなど、入学して間もない学生とは思えないほど、これから先のことを見つめ、学んでいこうとする姿勢が頼もしい。
デジタル環境は製版と印刷の概念を変えたが、制作者の身体的な関与は、木版や銅版、石版と接する態度と大きく変わるわけではない。むしろ、精巧なカラー写真製版によって見えなくなっていた制作のプロセスが、再び身近な形で関与できるようになった。表現と向き合う基本的な身体と知覚機能は変わっていない。
