42-アーツ・アンド・クラフツ運動と書物

先日、パナソニック汐留美術館で開催されている「ウイーン・スタイル ピーター・マイヤーと世紀末」展を観てきた。銀器、ガラス、陶磁器、家具、書物など厳選された展示作品は見応えがあった。機械化が進む時代にあって、伝統と革新の探究が生んだ洗練された美の形体が新鮮だった。オスカー・ココシュカの絵本、The Dreaming Boys(夢見る少年たち1908年)も何年ぶりかで鑑賞した。多色石版印刷のイラストレーションは、いつ観ても魅力的で美しい。

 前回「ヨーロッパ初期の木版画」を書き、ちょうど「活版印刷と書物のイラストレーション」について書くところだったが、19世紀末の造形芸術運動が気になり、先にアーツ・アンド・クラフツをテーマに書くことにした。

 アーツ・アンド・クラフツ運動は、イギリスで始まり、定期刊行誌The Studioなどの雑誌を通して、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパやアメリカに浸透していった。オーストリアでは〈ウイーン分離派・ウイーン工房〉、ドイツでは〈ユーゲント・シュティール〉、フランスでは〈アール・ヌーヴォー〉と呼ばれる様式が誕生し、日本でも民芸運動に影響を及ぼした。工芸、建築、室内装飾など造形芸術全般にわたる運動で、最初のデザイン運動でもあった。

 18世紀後半にイギリスで始まった産業革命は、機械化と大規模な工業生産によって、生産力の向上と生活の豊かさが大衆まで広がった。都市部を中心に、洗練された文化を享受できる裕福な層が育つ一方で、安価で粗悪な生活品も出回っていた。このような背景の中で登場したのが、新たな生活に適応するデザインを求める動きだった。アーツ・アンド・クラフツ運動の主導的な役割を担ったのが、デザイナーで社会活動家だったウイリアム・モリスであり、生活と芸術の一致を理想とした。作家で評論家のジョン・ラスキンが運動の思想的支柱だった。モリスは、中世の伝統的な職人による工芸技術や装飾芸術を見直し、造形物の美的価値や創造性をあらためてつくり上げることを目指した。ケイト・グリナウエイがラスキンと交流があったことや、ワンダ・ガアグが、ニューヨークのジョン・ラスキン・クラブに参加し、思想的影響を受けていたことはよく知られている。

 活版印刷の普及は書物の出版と流通にも影響を与え、19c末から20cにかけて商業印刷が主流になっていく。量産が進み、写真製版法の開発とともに効率化と合理化が進むにつれ、カット図版の再利用や他の書物の扉を利用することが日常的に行われていた。このころの書物の扉には、建築物の一部やファサードが描かれるものも多く、外側の装飾部分を再利用し内側の木版画だけを入れ替えたものもある。このような流用は、テキストと絵の整合性を失い、書物の質も低下していった。

 絵本も例外ではなかった。19c末に出版された絵本は、同じタイトルの本でも刊行年や出版社によって版式が同じではない。当時ベストセラーだったグリナウエイのUnder the Window(窓の下で1878年)も、多色木口木版で印刷された初版本は、黒の線画部分は写真凸版に置き換え大量に印刷することができた。さらに多色石版で印刷することも珍しくなかった。平版である石版印刷は、元の版式を問わず転写し印刷することが可能だったからである。

 右の図は1908年に出版されたウォルター・クレインのThe Baby’s Own Aesop(幼子のイソップ 初版1887年)だが、この絵本は石版に置き換えて印刷している。初版の多色木口木版印刷の特性である緻密さや重厚感はなく、色数も限定している。

 クレインは、書物が本来持つ印刷の特性からくる造形美と装飾性、いわゆるデザインにこだわった。絵本が原画重視で絵画性を強めることにも否定的で、製版の合理化や安易な原画からの写真製版に批判的だった。1885年にモリスが設立した社会主義同盟に加わり、1888年アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会第1回展から行動を共にしている。

 理想の書物の再興を実践するためにモリスが設立したのが、プライベート・プレス工房〈ケルムスコット·プレス〉だった。クレインもThe Story of the Glittering Plain : Which Has Been Also Called the Land of Living Men or the Acre of the Undying(輝く平原の物語1894年)の挿画を担当し、ケルムスコット·プレスから出版している。

ケルムスコット·プレスは、16世紀の写本のもつ装飾性と精神を再評価し、その伝統が初期印刷本に生かされていたこと、写本の書体が多くの美しい活字を生み、美しい版面に応用されたことに注目した。

 書物の物質性とデザインの美を求めた活動は、1891年の創設から1896年まで53タイトル、66冊の刊本として結実した。装幀や製本、用紙にこだわり、活字も書物の内容に合わせて〈ゴールデン・タイプ〉〈トロイ・タイプ〉〈チョーサー・タイプ〉3種を独自にデザインした。1896年刊行のThe Works of Geoffrey Chaucer(チョーサー著作集)は、エドワード・バーン・ジューンズの挿画85点が木版刷りで挿入され、理想の書物として三大美書の一つに数えられる。515ページの大判の書物は、読むだけでなく、触れること、視ることも含めて総合芸術に高めた。

 アーツ・アンド・クラフツ運動の理想は、生活に根ざした美術工芸運動だったが、量産される生活品や書物と比べて生産コストが高く、大衆の手には届かなかった。芸術を生活に根づかせるという理想は、価格面でのギャップが大きく、ケルムスコット·プレスも出版を持続することができなかった。産業革命による工業化は、その時代が求める技術と、時代性を楽しむ文化を生み出すが、効率化や合理性への反発も起こる。ラスキンやモリスの思想、アーツ・アンド・クラフツ運動も必然的なものだったといえよう。このような葛藤は、技術革新が起こる毎に生まれる。モリスの考え方が時代を超えて受け継がれてきたのは、生活の中の美や生活そのものを支える文化、という本質的で普遍的な問いに向き合う姿勢があったからだろう。技術が進化し続けても、表現する身体感覚と受容者が感じ取る身体特性は変わらない。

The Works of Geoffrey Chaucer