野間コンクール審査講評

今井良朗

第16回野間国際絵本原画コンクールの国際審査会に参加しあらためて感じたのは、絵本の原画にはその国の文化が何らかの形で反映しているということだ。ふだん絵本を手にするとき、作家の国を強く意識することはあまりない。しかし、今回50カ国440作品に直接触れて、文化的差異や固有性をあらためて実感することができた。
地球規模で物事が考えられるようになっても、言語も宗教も文化も地域によって異なる。世界を理解するには、地理性だけでなく、人々がどのような風土の中で、どのような生活習慣を持ち、異なった言語や宗教の中にいるかを意識することが、いかに大切かを再認識させられる。
グランプリを受賞したウェン・シュウ(コスタリカ)の「ナディとシャオ・ラン」は、そのことを表現とテーマの両方から教えてくれる。画面は、中国伝統の剪紙(切り絵)とクナ族の伝統手芸、モラの文様で構成されているが、異なった文化を背景に持つ二人の友達の交流が、伝統的な表現を素材に見事に文化の融合とあわせて描かれている。物語は、クナ・ヤラの風習や料理、伝統手芸などと中国の神話を題材にし、一つ一つ描かれていながら、決してバラバラになっていない。モチーフによって物語がつながり、見るものの視線を誘う。5 枚の画面もそれぞれが独立することなく、つながっていく。色彩も構成も文化的背景を生かしながら独創的な ものになっている。グランプリにふさわしい作品が選ばれたと思う。
グランプリと次席が決まっていくまでの審査会でのやりとりは刺激的だった。絵本について考えていくうえで重要な問いかけもあった。私なりに感じた2つのことについて取りあげてみたい。
今回、コンピュータを使用した作品が目立った。それらの作品はプリントしたもので、いわゆるオリジナル (英訳:original drawing)ではない。審査の過程で、このような作品を原画とみなすかどうかが話題になった。
アンジェラ・ラゴーさんも、パク・チョルミンさんも、コンピュータを使った作品は、排除の対象にはなら ないだろう、と述べられたが、私もそう思う。絵本は、印刷され出版されることが前提になっているために、 原稿と最終的な仕上がりがすべて同じということはもともとない。
多様で多彩であることも絵本の表現の特徴の一つだとすれば、パソコンの普及によって新たな表現方法が登場するのは当然の流れだといえる。問題なのは、その絵が人に感動を与えるか否かであり、コンピュータによる秀逸な表現を見いだしていくこともこれからは求められるだろう。
シェリー・ジョンソン(南アフリカ)の 「プムラとにわとり」は、木版の表現に写真を加え、デジタル加工による素材や技法の融合をうまく使っている。他にもデジタルの特性をうまく引き出した作品があった。質感や立体感、光の表現にも新たな特性が生まれている。

ただ、一方で危惧されるのは目新しさや技巧を競う傾向が強まることだ。どのようなコンクールも、回を重 ねると技巧やアイデアを競う傾向が現れるものだが、そこにコンピュータによる表現が加わり、一層顕著になっていくことが考えられる。
パク・ソヒョン(韓国)の「壁」は、下絵にコンピュータ・ペインティングを巧みに加え、独特の質感と空間をつくり出しているが、同様の手法を用いた他の作品の中には、デジタル加工に頼りすぎ、絵の力が伝わらないものも多く見られた。こうした新たな傾向から、「優れた」といえる作品を選んでいくことは容易なことではないが、技術を超えた表現性を見守ってゆく必要があるだろう。
もう1つは、言葉では表現することのできない絵が持つ力の重要さである。次席になったアラエルディン・ エルジズーリ・ナイム(スーダン)の「昼でも夜でもない時間」は、スズキコージさんが一番推された作品だが、「見ていると現地にいるような気持ちになる」という言葉に、私を含め他の審査員の心が揺さぶられた。 描かれた人物から感じる息づかい、画面から感じる空気、これこそがイラストレーションの持つ醍醐味といえるからだ。技術的に見れば、この作品以上のものはたくさんあった。しかし、この絵にはそこでおこっていること、人物の感情などをその空間の中から感じとらせる力がある。絵は作家の身体と直接結びついている。描く技術よりも、描いている身体から発する情熱に魅力を感じる。その地域の言語、文化から語りかけられる絵 は、国を越えて人に訴えかけてくれる。
フェレシュテ・ナジャフィ(イラン)の「王女」 も、作家の描く身体を感じる作品で、絵画的な力量や独創性が高く評価された。スクラッチが効果的に使われ、形のとらえ方、統一された色彩に独特の質感がある。 どのような審査でも、総合的にまとまった作品が残っていく。そんな中で描き手の身体、筆づかいを感じとれる作品が受賞することは喜ばしい。このような作品が上位に選ばれることは、イラストレーションの本質を常に意識していくためにも重要だと思う。

(野間賞講評 2009/3/13 カタログ掲載)