絵本表現で異彩を放つ個性派作家10人 駒形克巳

形に囚われないデザイン思考が読み手の感覚を刺激する

今井良朗

しかける

駒形克巳の絵本は、一枚の紙の切り込みからさまざまな折り方に変化するもの、切り抜く、重ねる、立ち上げるなどしかけを施したものが多い。けれども、「しかけ」ありきから構想されてはいない。本には「ある種立体的な要素があるものの、ストーリーやビジュアルの展開自体は、やはり平面的です。その平面的な要素だけでは表現しきれないものが出てきたときに、しかけが必要になってくるのではないかと思います」(註一)と語っているように、緻密にデザインされた結果として表われる世界である。
絵本づくりのきっかけは、子どもがうまれたときだという。へその緒が胎児と母親を繋ぐ重要な意味を持っていることを深く知ったとき、へその緒を本の中で表現したいと思ったと語っている。そしてうまれたのが『ぼく、うまれるよ!』(One Stroke 一九九五)だ。「まだ言葉が分からない子どもと向き合いながら、何か共有するものを作りたい」(註二)、その願いが結実した絵本である。感動したことを「共有したい」「伝えたい」「表わしたい」という表現者特有の想いと感覚であろう。
『ぼく、うまれるよ!』は、数ページにわたって切り抜かれた丸い穴から、らせん状のへその緒が動きを伴って立ち上がり、繋がっていく。胎児から母親へのメッセージである。子どもの出産に立ち会ったときの記憶や、へその緒を観察したときの印象、調べたこと、感動したことなどが関係づけられて構想に発展し、つくり出されたしかけの形態である。
『ぼく、うまれるよ!』は、絵本の構造を持った最初の出版ではないが、駒形にとって絵本づくりの重要な契機と位置づけている。絵本、子どもの本を強く意識した一冊として、構想を温めたからだろう。先立って一九九〇年、カード状の『FIRST LOOK』、『PLAY WITH COLORS』などの「リトルアイ」シリーズ(十四センチ×十四センチ、十二枚一組のカード)、一枚の紙にらせん状の切り込みを入れ、自在な折り本として楽しめるスパイラルブック『土のなかには』『海のぼうけん』(偕成社 一九九三)がある。いずれも触ったり覗いたりと、身体的接触を意識した構造が特徴である。子どもとの対話性、身体性を意識した発想が本の構造にも生かされている。その後『BLUE TO BLUE』(One Stroke 一九九四)など紙の素材や切り込み、立体的な構造を生かした絵本が次々に出版される。
駒形は、カード形式、スパイラルブック、綴じた本など、一つの様式や構造に囚われない。むしろ、意識的に壊しているところもある。既成概念や固定された本の形式に縛られず、目的や構想の結果、形態が生まれることを重視する。子どもが積極的に向き合い身体全体で感じとれる環境を用意したい、という想いがそうさせるのだろう。例えば、『土のなかには』では、一辺五六センチの大きな紙を一六分割し、スパイラル状に切り込みが入っている。折り畳むと十四センチ四方の本だが、ひろげるとさまざまな方向に展開可能な立体物に変身する。分割されたそれぞれの小さな正方形には、丸い穴が開けられていて、指を入れたり覗いたりといろいろな角度から遊べるようになっている。身体をよじったり、はいつくばったり、全身を使ってこの本とかかわることになるが、穴を通して土の中に潜り込んでいく感覚を想像し楽しむことができるのである。
誰もが身の周りで感じること、見ているものや出来事が、本という異なった空間に立ち現れたとき、驚きと面白さに発展する。駒形が身の周りに向ける眼差しと観察がつくり出す空間でありしかけである。
子どもから見れば、本から働きかけ語りかけてくる日常であり、そこに敏感に反応し応えようとする。近づき、触りたくなる、覗きたくなる、追体験と新たな観察が、想像と創造にひろがっていく。従来の本の形態に囚われない駒形の視点は、子どもたちの視線や身体の動きをも自由で柔軟な方向に導いてくれる。同様のスパイラルブックの形態は、『空が青いと海も青い』『SNAKE』(One Stroke 一九九五)に発展していった。

デザイン思考

駒形の絵本を一つのことばで形容するのは難しいが、作品にはデザイン思考が基盤にある。それが独特の造形に繋がっている。「世の中あるもの、実は全部デザインが必要とされている」「人の心にとても作用する、という機能を持っている」「デザインって、私は作るものではないと思っていてね、デザインっていうのは生まれてくるものだと思っているから。まず自分たちで、デザインの生まれる土壌や、環境や、畑を作る意識を持たないといけないんじゃないかな」、と絵本学会News39号(二〇一〇)で学生たちのインタビューに答えている。
駒形の作品には、いずれも駒形らしさを見て取れるが、一つの様式を持っているわけではない。形体の美しさや優れたグラフィックのデザイン性に惹きつけられるが、もっと注目されていいのは、デザインに対する考え方やデザインが喚起する読み手の心身への作用であろう。駒形のいうデザインは、対象を意識し、どのように見てくれるか、感じてくれるか、そこで何が起こるかを熟慮したうえで考案されていくプロセスと構想の重要性にある。表現技術の問題だけではなく、その方法論や手法が重要な意味を持っている。
その点からみれば、ブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari 1907-1998)と比較されることもうなずけるが、何よりも共通性を感じるのは、本全体を一つの構造体として捉えるデザイン思考や、絵本と読み手の間に生じる相互作用である。さまざまな「もの」や「こと」を結びつけることを読み手に委ね、駒形はその前提に立ってデザインする。
そのために用紙の質感や色、厚み、手触り、さらに本の大きさや製本の仕方にも細心の注意を払う。ページをめくる時に発生する紙のこすれる音や周りの音、紙を触った感触、空間への身体的かかわり、これらすべてを含めて、立体的に知覚し認識することを前提にしているからである。
その初期の典型的な絵本が『BLUE TO BLUE』『GREEN TO GREEN』『YELLO TO RED』である。これらは、表面を加工した凹凸のある紙や模様のある特殊な紙の組み合わせ、切り込みと切り抜きを施している。三冊でシリーズになったしかけ絵本だが、駒形のデザイン思考が細部にまで反映している。いずれも子どものころの記憶を辿り、海とそこから想像をひろげていく世界、身の丈ほどある草むらとそこにひろがる光景、夜あけ前の浜辺に光が満ちていく光景が立体的な絵本の空間として現われる。身近な光景とページとページの間に立ち上がる動物や鳥、魚などが不思議な空間に誘う。
これらの絵本を見ていると、駒形が認識し再構成する世界と、読み手が再認識し想像する世界が相互に結びついている。「見る」「読む」「知る」といったことを超えた、コミュニケーションの道具、言語として機能しているのである。つまり、そこで生じる「こと」や「心的作用」に働きかける媒介物=メディアとして立ち現れる。駒形によるデザインとは、そのような場と空間を意図的につくり出す行為であり、造形である。
それは、すべての表現のかたちに見いだせる。切り取られた形や色面は、線としてのリンカクや細部の描写を持たない。イメージを束縛することなく動きと広がりを持ち続ける。見るものの連想作用に強く働きかけ、読み手は、想像を膨らませることができるのである。『Little Tree』(One Stroke 二〇〇八)では、さらに木を立ち上げ、木の成長に人の一生を重ね、立体的空間に時間や記憶、生命、死をも表現する。しかけはより立体的になっているものの、ギリギリまでそぎ落とされたシンプルな造形とことばは、周りの光や音、気配も取り込んでしまう。そこに読み手は自らの記憶や時間を重ねていく。見えるものだけが意味を持つのではなく、そこに生じる空間が身体的な知覚を促す「場」であることを示してくれる。

註一、二『母の友』八月号 福音館書店二〇一四
 
プロフィール
駒形克己(こまがた・かつみ)
一九五三年静岡県生まれ。一九七七年渡米。 ニューヨークCBS本社などでグラフィック・デザイナーとして活躍後、一九八三年帰国。一九八六年ONE STROKE 設立。子どもの誕生をきっかけに、一九九〇年カード状の『First look』、『Meet colors』などの「リトルアイ」シリーズを制作。一九九四年から『BLUE TO BLUE』『ぼく、うまれるよ!』など絵本の制作を手がける。同時にフランス、リヨンで本の個展、子どものためのワークショップを始め、現在も国内外で活動を続ける。二〇〇一年から視覚障害者のための本を制作、『折ってひらいて』(二〇〇三年)『LEAVES』(二〇〇四年)を日本とフランスで出版。二〇一〇年、『Little Tree』でイタリア・ボローニャ RAGAZZI 賞 優秀賞を受賞。