ウオルター・クレインの絵本デザイン

書物の物質性と構造

私たちが手にする書物の大半は洋装本である。印刷された書物の形式は16世紀に整うが、現在に至るまで大きく変わってはいない。デジタル・メディアが日常的なものになり、書物の価値が問われるなか、あらためて書物の物質性について問いかけてみることも必要だろう。プライベート・プレスやアート・ブックが注目されるのも、書物と身体の関係、そこで生じる読むこと、見ることの身体的作用が意識されることと無縁ではない。いまウオルター・クレインを取りあげる意義もそこにある。
書物は、一冊全体を通してその本の持つイメージが浮かび上ってくる。表紙、判型、紙質、ページ数などを熟慮した結果、統一のとれたデザインになる。それは固有の大きさと厚みを持った6面からなる立体物であり、本全体の設計、いわゆるブック・デザインとして成立している。
絵本も書物と同様に構造的に認識されるようになってから、文芸、絵画、デザイン、映像など幅ひろい領域を横断する多彩な表現が試みられてきた。
挿絵本の歴史は古いが、挿絵に対する関心がヨーロッパで本格的に高まるのは19世紀に入ってからである。しかし初期の挿絵は、物語の特徴的な一場面を抜き出しイメージを視覚化したものがほとんどで、あくまでも言葉による物語を補完する役割を担っていた。やがて表現が緻密で創造性豊かなものになるに従い、書物の挿絵に対する関心が高まり、一冊に挿入する枚数も増加していった。絵を主体にした書物が生まれ、おのずと一枚一枚の挿絵の関連づけが求められるようになっていく。いわゆる絵本の形式である。
クレインは、早くから挿絵が絵画性に陥ることを危惧し、書物を飾る、装飾デザインの重要性を説いた。あくまでも書物の中の挿絵であることが重要であり、テキストと本の形態と密接に結びついてこそ意味を持つ。決して独立したものではない。
クレインにとって書物は構造物であり、デザインすること、装飾性を重視することが何よりも重要だった。ページ全体のデザインにこだわり、挿絵画家が腕を振るうのは一つの挿絵ではなく見開きページとその組み立てであり、本そのものでもあると主張した。見開きページの美しい空間は、全体のバランスを配慮したデザインの力によってつくられる。書物をデザインすることは家を設計する建築家のようなものとクレインは考えた。「この美しい家は線と色彩から成る構築物」とクレインはしばしば書物を建築物に喩えている。表紙、見返し、扉、本文と続く流れは、門、前庭、玄関、それぞれの部屋に続く流れと同じであり、それぞれが美しく装飾される。(註)
まず表紙にその家の門であり顔になる。表紙をめくると最初に現れるのは見返しだが、クレインは、「見返しは、一種の四角形の中庭、前庭、もしくは扉の前の庭、草地とすら考えられる」と述べ、ここから書物の内部へとわけいっていく。通常、次に扉(タイトルページ)、目次ときて本文に入るが、クレインは、扉に至る白紙の遊び紙にも時間のすき間、読者との間を意識する。
たとえば、The Baby’s Own Æsopでは、表紙に玄関のドアをノックする子どもが描かれている。門の方から眺める情景であり、装飾されたタイトルと登場するツルやネズミ、カエル、フクロウ、ランプで構成されている。見返しは等間隔のマス目状に組まれた籬と背景にツル植物、そして一色刷りのシンプルな前扉、さらにめくるとメガネ、鳥、羽根ペン、鉛筆、それと登場する動物たちをあしらったシンプルな見開き画面があり、なかなか本文にたどり着かない。イソップ物語は幾つもの短編で構成されている。そのことも無関係ではないだろう。物語を暗示するものをちりばめ、あたかも不思議な屋敷に入っていく気持ちを高ぶらせるための誘導のようでもある。
ようやく本扉が現れると一気に色彩豊かな見開き画面が展開する。右にタイトルページがあるが、左ページには口絵がある。装飾が施されたタイトルとともに、この絵本の内容を凝縮し象徴した図像として描かれている。要約とも言える表現で読者の関心を引きつける。子どもの膝の上には本が置かれ、物語に登場するさまざまな動物や鳥と戯れている図像だ。正円の中の図像を縁飾りで囲み、見開き画面はすき間なく装飾されている。そして目次があり、本文に入っていくのだが、建築物に喩えると、室内(本文)に導き入れるまでに、さまざまな工夫と仕掛けがある。目次はそれぞれの部屋の案内表示といえるだろう。ここにはイソップ物語のさまざまな部屋があり、読者は一つひとつドアを開け愉しむことができるのである。
「書物デザインの良否は、装飾プランでほぼ決まってしまう」とクレインが言うように、一冊の絵本がいかに計算されてデザインされているかがわかる。Baby’s Own Æsopは、3冊の“Baby’s” シリーズ最後に出版されたものだが、裏表紙は、表紙と同じ図像からドアと子どもが消え、そこに「The Baby’s Opera, The Baby’s Bouquet とまた同じように」と記されている。
この3冊は、1877年、1878年、1887年と発行年は空いているが、クレインの書物に対するデザインの方法論が、絵本に実践された典型的な代表作として見ることができる。

印刷技術や書物の特性を生かすデザイン

もう一つ注目しておきたいのは、クレインのデザイン観はこの時代の印刷技術や出版文化と深く関わっていることである。クレインにとって、優れたデザインは印刷版式の特性と本の形状を生かした表現である。安価に量産できる「トイブック」シリーズの成功は、多色木口木版を高度な印刷版式にまで高めたエドマンド・エバンズ(Edmund Evans)の力が大きいが、絵本を書物として価値づけたクレインの役割も見逃せない。
クレインの「トイブック」は、自らも述べているように日本の浮世絵版画の影響を強く受けた黒い肉太の輪郭線と平面的な色面によって特徴づけられている。木版の物理的な特性を十分生かしたものであり、読者である子どもの知覚や視線を意識したものだった。
出版を意識した絵本づくりは、読者対象を意識した画面の描き方や構成に繋がる。クレインは書物が本来持つ造形美と装飾性にこだわり、ページを美しくするためには、画家とデザイナー、出版者などとの共同作業と協力こそが美しい書物を生み出すと考えたのである。
A Flower Wedding(花の結婚式)では、ドローイングや水彩の原画を生かした本づくりを試みている。背景はほとんど描かず、人物は白い背景に浮かび上がる。「トイブック」の構成が極めて装飾的であるのに対してシンプルな空間だ。
これは石版印刷による効果がもたらすものだが、鉛筆のタッチや水彩画の特性がそのまま印刷、再現される石版印刷の表現特性を十分引き出した結果である。印刷版式によって表現は変わる。クレインは原画の様式美よりもデザインされる書物そのものにこだわった。
「デザイン自らがデザイン自身の言葉を使って語るべきものなのだ。その説得力は、いかなる説明や注釈力よりも大きい」、このクレインの言葉は、視覚言語、デザイン言語に発展していく考え方である。ウィリアム・モリス(William Morris)と行動をともにし、〈アーツ・アンド・クラフツ〉運動を通して、純粋芸術の下位概念、応用芸術として貶められてきたデザインを装飾芸術として理論づけた功績は大きい。モリスがタイポグラフィから書物の美を求めたとすれば、クレインは図像的要素から求めた。クレインの書物に手書きの文字が多用されるのもその現われであり、それもイラストレーション、絵本の世界に影響を与えた所以だろう。

今井良朗

註:クレインの言葉は『書物と装飾−挿絵の歴史』高橋誠訳、国文社、1990年(The Decorative Illustration of Books Old and New (London: G. Bell & Sons, 1896)による。
 
「ウオルター・クレインの絵本デザイン」『ウオルター・クレインの本の仕事』展覧会図録 千葉市美術館 青幻舎 2017年2月